トピックス 品質不正はなぜ起きるのであろうか?
-JSQC-TR 12-001「品質不正防止」発行に当たって-
JSQCテクニカルレポート「品質不正防止」原案作成委員会 委員長 平林 良人
学会規格JSQC-TR 12-001「品質不正防止」が2023年1月26日に発行された。戦後、日本は灰燼に帰した産業界を再起させようとして、品質管理を研究、応用、改善する中、優れたリーダーシップのもと大きな成果を上げた。欧米人には考えられない、現場の小集団が改善をするなど組織上げての活動が日本産業界を世界へと大きく躍進させた。しかし、1990年バブルが弾けると同時に産業界は沈滞域に入り込んでしまい、そこから抜け出せないまま今日に至っている。
近年、産業界おける「品質不正」は、重要な社会問題になっている。昔から「データを修正する人がいる」などの話はあったが、最近発覚した事例は単なるヒューマンエラーとは言えないもの、すなわち、意図的にデータを改ざんして標準(法、規制、契約、社会常識、社内ルールなど)から逸脱した製品・サービスを市場に出すという悪質なものである。このままでは、日本が長い間培ってきた、国際的な信用、強い産業基盤などが失われてしまう。
日本品質管理学会は、このような事態を受けて、組織に何が起きたのか、なぜ起きたのか、どうすれば起きないようにすることができるのかを調査、分析する必要があるとして、2021年、品質不正防止に関する規格を作成することを決めた。TR規格作成においては、対象領域をどうするかが議論されたが、いったんは製造業のみならず販売業、宿泊業、飲食業、行政、病院、大学なども対象にすることにした。しかし、18事例の第三者委員会調査報告書を読解する段階で産業基盤に大きな影響を持っている製造業に焦点を絞ることにした。今回の規格作成活動で、品質不正は組織の中に長い間隠された状態に置かれつづけ、その間に徐々に組織を蝕んでいく、という実態が明らかになった。品質不正はいったん組織に芽生えると、初期の段階の内に芽を摘まないと組織内に拡大していく。第1ステージでは個人あるいはグループによる標準からの単一の逸脱だったものが、第2ステージになると範囲、頻度が広がり隠匿した違反を意図的に見逃すようになる。さらに、第3ステーでは積極的にではないにしろ違反を容認することとなり、最後の第4ステージでは組織全体にまん延していき悪いことをしているという感覚が麻痺した状態になってしまう。第4ステージになると、その全貌を明らかにすることは困難を極め、不正状態を正すには組織上げての強い決意と実行を長期にわたって継続していかない限り根絶は難しい状態になる。
品質不正はなぜ起きるのであろうか?TR規格の検討では十分に議論できなかったので、ここでは個人の見解を述べさせていただく。品質不正は個人あるいはグループがしたくて行っている訳ではなく、組織の中でやらざるを得ない状況が生まれ、上司に遠慮する、忖度する、おかしいと思っても意見を言えないという集団圧力の中で起きている。単なる個人の不届きな行為と異なり、組織のなかに標準から逸脱せざるを得ない何らかの事情があり、個人レベルでは抗うことが難しい状態が存在する。上司の意向に逆らっても自分の意思を通そうとすることは日本の社会、組織では極めて難しいことである。標準から逸脱せざるを得ないものとは、経営を担う人の出世欲、そのために必要となる高収益決算、逆に赤字対策、株主対策などに関する事情が典型的な例であろう。個人の仕事が組織の中で評価され、その結果出世し、高い報酬を手にすることは誰しも望むことであり(最近はそうでもない?)非難される所以はない。しかし、この人の上昇志向が公平で公正な評価を歪ませることに繋がると組織の中に品質不正の温床を作ることになってしまう。日本人は権力者には従順で異を唱える人は多くない。
日本は皆で力を合わせる集団主義の文化の国であり、個人主義の文化の欧米とは異なる特徴を持っているが、その特徴を良い面に使うとチームプレイなどに威力を発揮するが、悪い面に使うと近年の品質不正のように信頼を損なう結果を招いてしまうことを銘記しておきたい。
本規格に関する第一回の講習会を2023年5月9日(火)にリモート形式で開催を予定しています。多くの皆様のご参加をお待ちしています。
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