第51年度 最優秀論文賞(2022年11月12日)

効果復元法と条件付き操作変数法を用いた総合効果の統合型推定量

東 川 知 樹 氏(東京工業大学 工学院 経営工学系)
田 口 千 恵 氏(東京工業大学 工学院 経営工学系)
黒 木   学 氏(横浜国立大学 大学院 理工学府)

宮 川 雅 巳 氏(東京工業大学 工学院 経営工学系)

「品質」Vol.52, No.3 pp.37-49(2022)

[選考理由]
 工程解析の目的は,工程において,結果に対応する品質特性と原因の候補に対応する要因との間の因果関係を定量的に明らかにすることである.一般に,特性要因図を用いて視覚化することが行われる.さらに,詳細な検討においては,工程における要因を処理変数,共変量と中間特性の3つに分類し,それらの関係を連関図のような有向グラフを用いて記述するのが効果的である.作成した有向グラフを用いることで,統計的因果分析が可能になることが知られている.
 本論文は,工程における因果関係が線形構造方程式モデルと対応する非巡回有向グラフにより記述できる状況において,データを用いて総合効果を推定するための計算が複雑になるという問題を,効果復元法と条件付き操作変数法のそれぞれによって推定された総合効果を統合した新たな推定量を提案することで解決した研究である.
 数値実験を通じて,統合型推定量が個々の推定量よりも優れていること,そして,バックドア基準が適用できる場合でも,提案する推定量を使用することが推奨されるケースがあることを示した.これらの結果は,推定精度という観点で,利用価値の高い研究である.品質管理の観点からは,統計的因果推論を適用するために必要な因果ダイアグラムを実際に作るという課題があるため,総合効果を推定したとしても,確認実験を行う必要がある.しかし,品質特性と要因の因果関係を数理的に立証しようとしている研究であり,優劣をつけることができない推定量を統合するという発想に基づいた,学術上特に優秀な論文である.
 

第49年度 最優秀論文賞

『臨床検査業務における特性要因図を用いた力量評価項目導出方法の有用性検証』

下 野 僚 子 氏(東京大学 総括プロジェクト機構「プラチナ社会」総括寄付講座)
秋 永 理 恵 氏(飯塚病院 中央検査部)
水 流 聡 子 氏(東京大学 大学院 工学系研究科 化学システム工学専攻)

「品質」Vol. 50, No.3, pp.46-56(2020)

[選考理由]
 患者の生体に機器を装着した測定や,整体から採取した検体の分析などを臨床検査と言う.臨床検査は一般検査,血液学的検査,生化学的検査,免疫学的検査,微生物学的検査,病理学的検査など,多岐に渡る上に,その結果は診断,治療方針の決定,予後推定に重大な影響を持つ.臨床検査業務を行う臨床検査室には,精確な結果を提供する能力と,業務の独立性が問われる.また臨床検査業務には,検査の結果に影響を与える多くの要因の管理も含まれている.国際規格ISO 15189:2012は,臨床検査室の品質マネジメントシステムの要求事項及び臨床検査室が請け負う臨床検査の種類に応じた技術能力に関する要求事項を認定する.
 臨床検査業務の質保証には,検査業務に従事する要員の力量管理が重要である.その力量を向上させるためには,それに即した評価と教育が必要となる.これまでにも一部の検査業務に特化した教育の事例はあった.しかし,臨床検査の項目ごとに実践的な専門知識や技術は異なるため,それらを把握するための力量評価項目の設定及びその要員の力量向上への有用性の検討は,体系的には扱われてこなかった.本論文では多くの業務に適用可能な手法として,検査結果の変動を問題として作成した特性要因図が多くの検査項目に共通することに着目し,その特性要因図に基づいて臨床検査業務の力量評価項目を導出することを提案した.そして業務プロセスの記述に基づく力量評価項目の導出と比較して,提案手法の方が要員の力量の向上に有用との結果も得た.本論文の提案手法は独創性は勿論のこと,ISO 15189:2012との親和性に優れていて,臨床検査業務の品質マネジメントへの実用性も高く評価できることから,学術上特に優秀な論文に値すると判断した

第48年度 最優秀論文賞

『与薬事故におけるプロセス要因の特定方法の提案』

蓮 井 涼 祐 氏(早稲田大学(現)新日鉄住金ソリューション(株))
棟 近 雅 彦 氏(早稲田大学 理工学術院)
梶 原 千 里 氏(早稲田大学 理工学術院 (現)静岡大学)

「品質」Vol. 49, No.1, pp.82-94(2019)

[選考理由]
 病院において質の高い医療を提供するためには,医療事故の低減が必要不可欠である.病院内で薬を患者に与える際の誤りである与薬事故は,医療事故の中でも高い割合を占めており,特に与薬事故の低減が重要な課題となっている.事故の分析手法としては,RCAやPOAMといった様々な分析ツールが提案されているが,事故分析に精通した一部の人間にしか使いこなすことができず,現場ではプロセス要因を容易に特定できないのが現状である.本論文では,与薬業務モデル,エラーモード一覧表,要因特定ツリーの3つのツールを開発し,これらを用いたプロセス要因の特定方法を提案している.類似方法との比較や複数の病院での検証を行っており,高い有用性が認められる.
 与薬事故分析者が個別に考えるのではなく,エラーモード一覧表やプロセス要因特定ツリーが与えている選択肢の中から選択することでプロセス要因を特定する方法を提案していることから,事故分析にそれほど精通していない医療従事者でも分析でき,実用性の面で高く評価できる.また,手順化するのが非常に難しいプロセス要因の特定方法として,選択という方法の提案は独創性もあることから,学術上特に優秀な論文に値すると判断できる.