2013年12月、地下鉄銀座線・丸ノ内線赤坂見附駅から5分ほどの赤坂牛鳴坂にあった日本規格協会(JSA)がJR田町駅、都営地下鉄浅草線・三田線三田駅、同泉岳寺駅から8分弱の京浜第1国道に面した港区三田3丁目にある三田MTビルへ移転した。
JSA本部は、設立当初の1945年12月には、東京都麹町区三年町(現千代田区霞が関、永田町界隈)の特許標準局内にあり、1952年8月に工業技術院庁舎内(中央区銀座東7丁目)、その後1954年10月に木挽館ビル(中央区銀座東6丁目)と移転を繰り返して、ようやく1962年5月に赤坂の本部ビルが竣工し本拠を構えた。以来51年ぶり4回目の移転となる。旧本部ビルは、青山通りから一歩入った都心の便の良い所にあったが、跡地は周辺地域と共に整備して大学が進出する計画とのことである。
私が赤坂の本部ビルに通った最初は、大学を卒業して社会人となった2年目の1965年で、東京オリンピックが成功裏に終わった翌年である。当時の勤務先はJIS表示許可工場であり、通産局長表彰の候補事業所となっていて、標準化と品質管理に熱心に取り組んでいた。私は、就職先を決めるにあたって品質管理をやりたいと思って入社したので配属先が管理部品質管理課であった。そのため審査準備の手伝いをしながら「標準化と品質管理」講習会の夜間コースへ派遣された。印象に残るのは故朝香鐵一先生の歯切れのよい講義である。その後大学院へ進学し、修了と同時に明治大学の助手として採用された。多分、1970年代の半ばころと記憶しているが、今度は縁あって「標準化と品質管理」講習会の講師となり統計的方法を中心に講義を担当するようになった。そして大学在職中の最後には、現JISマーク表示制度に関わる一般認証指針JIS Q 1001の分科会主査を拝命した。まさに規格協会との関係は「JISに始まりJISに終わる」お付き合いである。
さて新本部であるが、1階入口にJSAライブラリー、その奥に講義室、会議室などがある。本部機能は、9-11階のオフィスに集中し、効率的な業務遂行とマネジメントが期待できる。
ところで、本部のある三田MTビルに面した京浜第1国道は旧東海道でもあり歴史探訪という面で魅力的である。田町駅から徒歩で協会へ向かう途中にある「札の辻」(高札場)歩道橋からは東京タワーの美しい姿を見ることができる。ビル斜め前には由緒ある御田八幡がある。さらに行くと高輪の大木戸跡、赤穂義士四十七士の眠る泉岳寺へと続く。また田町駅から逆方向の浜松町駅方面へ歩くと三菱自動車工業・本社前に西郷・勝の江戸城無血開城会見の碑がある。協会で用を済ませたらこの辺りを散策するのもよい。