これまで品質は製品機能を主体に考えられてきた。しかし、品質の「品」は本来「違い」を意味し、製品の質ではなく、他製品との違い、価値を意味している。すなわち、顧客の期待する価値をいかに創造し、新しいマーケット・セグメントを確保することが本来の品質である。この観点に立つと品質の問題は新産業創出にきわめて深い関係を持つことがわかる。
さて、産業の発展を見てみると昔は単一企業が逐次処理で完成品を生産していた。そこにコンカレント・エンジニアリング(CE)が導入され、知識が工程を超えて共有され、逐次処理が並列処理へと変わり、生産効率が大幅に向上した。最近は単一企業枠を超えて複数企業へ、さらに業界の枠を超えて異業種間で並列分散化が進みつつある。CEは、物理的製品の共有は容易でなくても、非物理的知識ならば共有が容易であることに注目して発展した。したがって、知識共有が単一企業を超え複数企業へ、さらに異業種間へと進むことはある意味では当然の流れである。
ところが、最近自動車の車台の共通化のように物理的な中間財の共有が急激に進み始めている。中間財を共有できれば、当然コストは大幅に削減でき、生産性が大幅に向上する。エネルギー消費も大幅に削減でき環境に優しい。
中間財の共有化がさらに進展すれば、非物理的な知識が異業種間で共有されたように、物理的な中間財についても、業種枠を超えた共有化へと進むと予想される。異業種間で中間財が共有されるようになると産業はレゴ化し、並列分散処理型となる。中間財企業は、多くの異業種完成品企業に製品を提供でき、一方、完成品企業は特定製品に固執することなく、自社技術を活用し、中間財を組合せさまざまな完成品を実現できる。すなわち、中間財企業にとっては販路の大幅な拡張、企業経営の安定化、永続化が容易となる。一方、完成品産業も変化の激しい時代に特定の完成品に固執する必要がなくなり、状況変化へ即応でき、ロバストネスを大幅に向上できる。
産業革命以降、専門化が進み、生産者と顧客に分離され産業が発展してきた。上述の変化は非常に大きい変化であるとは言え、基本的に産業革命以来の生産者と顧客に分離した考え方で、いかに顧客を満足させ生産者の利潤をあげるかの立場である。
しかし、最近これとはまったく異なる大きな変化が起きてきた。上述のシステムはいずれも基本的にオープンループシステムである。生産者がよいと思うモデルで製品を生産し、顧客に提供する。ところが、21世紀を迎え、顧客からのフィードバックを活用するクローズドループシステムが注目を集めている。これは、健康をこれまでは医者の視点で考えてきたのを、生活者の視点から考え直そうと言うことに相当する。医者がいくら「あなたは健康です」と言っても、自分なりの生活が楽しめないのでは、誰も健康とは思わない。逆にいかに医者が「酒の飲みすぎです。不健康です。」と言っても、自分が楽しく酒が飲めれば、健康だと思うであろう。すなわち、医者の健康≠生活者の健康であり、良い製品≠良い商品ではない。これまでは価値=パフォーマンス/コストにおける、パフォーマンスを製品機能と考えてきた。
しかし、最近はパフォーマンスとは顧客の望み、期待にいかに応えるかを意味する。20世紀は、顧客は受け身で、生産者が提供する製品で満足していた。それはモノ不足の時代であったからである。21世紀は精神的な満足がパフォーマンスとなる。もともと顧客は英語でカスタマーというようにカスタマイズすることを望んでおり、製品を自分のニーズ、好みに応じて使いたいと思っている。さらに最近のパーソナルファブリケーションの急激な普及が示すように顧客は生産にまで関与し、創造の喜びを得たいと願っている。マズローは人間の最高の欲求は自己実現であると指摘した。顧客は自己実現を望んでいる。これからはプロダクトだけでなく、プロセスが重要な価値を持つ。ウエブ2.0のように生産者と顧客の区別が消滅し、両者が一体となり協働で製品実現を楽しむエンジニアリング2.0の時代が近づいている。