医療サービスを国民全員が享受できるような国をつくるために、健康保険制度が1922年(大正11年)に制定、1927年(昭和2年)に施行、1961年(昭和36年)に国民皆保健が達成された。これによって医療サービスの大量生産と品質管理が必要となったといえる。同じ時期、1960年代の北米では、医療サービスを量的に充足させる段階から質を重視する段階に移行する必要性が提言され始め、アベディス・ドナベディアン(Avedis Donabedian)が、医療の質の定義と評価方法を、構造・プロセス・アウトカムの枠組みで提唱した。
他方、医療安全については、米国医療の質委員会/医学研究所が著した「To Err is Human」が日本で翻訳出版された2000年以後、日本でも横浜市立大学病院で起こった患者取り違え事件をきっかけに、医療事故/医療安全に関する注目度が上がり、医療安全に対する病院内組織化、委員会や医療安全室の設置、などが展開されるようになった。2012年現在、多くの病院では、医療安全管理室や管理者を設置しているが、医療品質管理部・医療品質管理者、にまでは至っていないのが現実であろう。わが国ではこの10年間に、医療安全に対する組織化・諸活動が各病院で普及・促進されていったが、医療の質マネジメントについては未だ弱い状況といえる。
病院機能評価という観点で、外部機関による評価が普及していった。典型的なものは、日本医療機能評価機構(1995年設立)による病院機能評価事業(1997年開始)である。規模の大きな病院・公立公的病院・地域基幹病院がこぞってこの病院機能評価を受審し、認証される努力を続けた。病院機能評価事業の認定基準は、医療QMSモデルのひとつといえるかもしれないが、病院や医療者は医療QMSモデルだと認識していない場合が多いと考えられる。
近年、医療の質向上に積極的な病院では、国内の病院機能評価事業の認証から、国際的な認証であるJCI(Joint Commission International)から認証取得しようとする動きが始まっている。JCIとは、米国のデファクトスタンダードとなった医療機関評価認証合同委員会JCAHO(Joint Commission on Accreditaion of Healthcare Organizations)の評価基準から発展し,1989年から外国の審査/認定を行っている国際版の病院機能評価である。審査は、1000を越える広範な審査項目が文書として規定され、さらにそれがどのように実践・評価・改善されているかというPDCAサイクルを、病院スタッフ、患者等に対するインタビューなどによって確認評価するという方法で行われる。
国際的な質保証・質マネジメントの認証規格としてISO9001があるが、その取得病院数は、国内では約9000件存在する病院のうちの数百にとどまり、取得した病院でもQMSの形骸化が問題となっているところもある。ISO9001は、あらゆる産業・事業に適用可能なQMSモデルとして開発されているため、抽象度が高く、当該規格を病院にあてはめた場合の条件特定/具現化がむずかしいと感じる病院・医療者が多数存在するようである。その点、日本の病院機能評価やJCIは、医療に特化しているため、受け入れられやすいのかもしれない。医療への質要求が高まっているアジアの大規模病院でもこぞってJCI取得をめざすところが多くなってきている。
医療QMSにおける標準化とプロセス管理を考えた場合、臨床プロセスと業務プロセスを意識する必要があり、両者の設計には「状態適応」という医療の特性を組み込む必要がある。著者に対して、JCI認証取得をめざしている某病院の担当者が、JCI認証にPCAPS(患者状態適応型パスシステム)が貢献する可能性があると発言したことは興味深い。JCIは、プロセス管理の対象として、臨床プロセスと業務プロセスの両者を設定することを求めている可能性がある。国際的な医療の質評価には、両プロセスの質管理が求められているといえるのかもしれない。
以上、国際的にみても、医療界がQMSを必要としている状況にある。よりよい医療QMSモデルの開発、普及/促進の方法論開発、推進活動の支援が、品質管理学会に求められているといえるのではないだろうか。