不具合の未然防止には豊富な知識が必要である。FMEAやFTAなどの手法はよく知られているが、不具合を予測し設計で対策を取るための知識がなければ、これら手法の効果的な運用は難しい。設計開発を取り巻く状況が厳しくなる中、設計品質を確保するために、知識マネジメントの質を高めることが重要である。
不具合を防止する固有技術の不足
製品不具合が新聞・テレビで報道され、日本の品質管理力の低下がしばしば指摘されている。これら不具合のなかには設計開発のまずさに起因するものもある。機能、安全性、信頼性、製造容易性などの多様な観点から技術仕様を導出する設計開発現場の品質管理力は、本当に過去に比べて“低下”しているのだろうか。設計開発環境が厳しいなか、妥当性の高い技術仕様を決めることが今まで以上に難しくなっているにも関わらず、それにあわせて現場の技術力を十分に高められていないことが問題だと筆者は感じている。
製品の複雑化、多機能化、使用環境の多様化、開発期間短縮、コストダウン等に伴い、設計不具合を防ぐために技術者が知っておくべき技術要素や使用条件の知識は膨大に増えている。その一方、設計開発の現場では、ノウハウを豊富にもつ団塊世代の技術者・マネジャーの退職が進み、また即戦力の派遣スタッフの参画による人材流動の高まりによって、現場で知識を蓄積し、不具合を防止する固有技術を増強することが難しくなっている。この状況で起きる設計不具合に対し、「デザインレビューが機能していない」と管理技術の問題を過大に指摘することは適切ではない。無理な設計をして検討すべき事柄が多いなか、ひとによっては常識と思われる個々の不具合を防止する設計・評価技術(固有技術)が、社内のあちこちで不足しているのである。
知識マネジメントの重要性
このような背景もあり、不具合を防止する知識マネジメントの重要性が増している。再利用性の高い知識を体系化し、それを適切に現場に提供する仕組みを作り、不具合を防止する固有技術を高めるのである。「技術は人についてくる」といわれるが、少なくとも不具合の再発防止・未然防止のための知識は、その性質上、組織にしっかりついてくるようにしなければ、組織の技術力を底上げできない。
再発防止知識の運用は、不具合発生が出発点である。この場合、読者諸兄はご存知の通り、「どのアイテムで発生するどのような事象を再びどこで発生させないようにどんな教訓を残すのか?」という知識運用の方針を明確にすることが大切である。しかし実際の不具合情報は当該製品への暫定対策の記録であったり、当該部署の当該部署による当該部署のための再発防止事例になっていて、会社全体として再発防止できるはずの望ましくない技術事象が別の部署で再発している場合がある。発生した技術事象の知識をモジュール化・一般化し、再発防止策を対応付け、複数部署間での共有・活用を徹底できる知識ベースにしておきたい。
未然防止知識の運用は簡単ではない。大なり小なり設計には新規性がある。過去の設計標準に頼るだけでは未然防止を徹底できない場合が多く、ドラフト仕様の問題点摘出と予防処置の試行錯誤のプロセスによって出来る限り最適な技術仕様にしてゆく必要がある。このためには、FMEAやFTAなどのリスク解析手法は有効だが、技術者に考えさせる知識がなければ形骸化する。各設計分野の技術要素における一般不具合知識や過去のFMEA表やFT図などの内容を一元的に知識ベース化し、様々な設計での不具合予測に使えるようにしておくことが大切である。
知識は、それを使う現場の文脈で役立つものでなければならない。即ち知識は活用の場を広げるとともにその限界を考慮する必要がある。使える知識ベースを運用することは容易ではないが、知識ベースを運用できれば、不具合を防止する技術はかなり向上する。
学会からの情報発信
JSQCでは、知識マネジメント研究が行なわれている。筆者が取り組んでいる知識の構造化アプローチもその一つである。品質誌、研究発表会、JSQC選書などを通じて関心を高め、実務に取り入れて頂ければ幸いである。