「他社事例から学ぶ」ことの難しさ
JSQCニューズNo.290のトピックス「ソフトウェア部会の活動が目指しているもの」でご紹介した、ソフトウェア部会の「遺言プロジェクト」がようやく完了した。学術誌に掲載された論文、国内外のシンポジウムなどの予稿など、何らかの形で「形式知化」された改善事例や分析事例を集め、それらの事例が持っている値打ちを再検討した活動の集大成である。
いつ、誰の言葉なのかも確かな記憶がないのだが、「賢くなければ他社事例から学ぶことはできない」というせりふを聞いたことがある。「人間が犬に噛み付くと記事になる」という言葉もあるが、事例で報告される内容は「自分たちにとって新しい試みや経験」が中心となり、「自分たちにとって当たり前のこと」は書かれない。これは、現場に根付いた事実に基づく報告がもつ、根本的な制約なのだと思う。聞き手が、このような制約のある情報から、有用な何かを取り出すには、「自分たちにとって当たり前」であるがゆえに語られなかった何かを推し量らなければならない。この部分が、極めて困難で、豊富な知見と経験、好奇心が必要となるのであろう。
今回の「遺言プロジェクト」では、産が提供してくれた事例に対し、学や、他の産のメンバーから、「そもそもなんでそれを思いついたの?」など、第三者から見たストーリーの再構築がなされた。事例を提供したメンバーは、「なぜそのようなことを聞かれるのだろう」という驚きすらあったのではないだろうか? そのような議論を通じて、何が本質的で、何が重要か、ということが浮き彫りにされてきた。この「遺言プロジェクト」は、事例から学ぶための新しい方法論を提供した、と自負している。
「遺言プロジェクト」全体の遺言
このプロジェクトを通じて、問題解決に必要な王道が見えてきた。問題が起きているかどうかを知るためには、継続的に「測る」。管理指標の異常は、問題の発生を教えてくれる。しかし、どのような問題が起きているか、を管理指標は教えてくれない。その答えは「現場」にしかない。現場に赴き、現場の声を聞き、現場の隅々まで観察する。そこから、問題が見えてくる。その問題を解決するためには、頭を振り絞って、持っている知識と経験を総動員して、「考える」。そこから問題解決の糸口が見えてくる。
至極当たり前のことを言っているように聞こえるかもしれない。しかしながら、「遺言プロジェクト」を通じて痛感したのは、今の品質管理が「考えなくなってきている」のではないか、ということである。欧米流フレームワークで語られていることの実体は、「品質の分野で成果を挙げている企業の活動を調べてみたら、押しなべてこのようなことをしていた」というリストに過ぎない。それらの企業は、地道な品質管理活動を通じて、様々な試行錯誤の末、今の姿に至ったのである。喩えて言えば、鬼が考えに考え抜いて、自らに最適な武器、金棒を開発した、ということだ。金棒は、極めて重量が重く、扱いにくい武器である。金棒が効果を発揮するためには、絶え間ない筋力トレーニングが必要だ。基礎体力もなく、トレーニングも怠っている素人が、金棒だけを入手しても、相手を倒すどころか、その重量で自分がつぶされてしまう。現在の日本の品質管理は、まさに、金棒に押しつぶされたひ弱な人間の姿に見えて仕方がないのだ。
「遺言プロジェクト」成果の公表
「遺言プロジェクト」に区切りをつけるため、不完全ではあるかもしれないが、今までの検討成果をまとめて公表することにした。まずは、JSQCのWebページを通じて、電子的な形で、無料で公表する。多くの人に見ていただき、ご意見を賜るとともに、何かの役に立てていただきたいと考えてのことである。その際、「せっかくだから、本にしてみないか」という話になった。もともと出版を考えた活動ではないが、3社が興味を持ってくれている。もし、めでたく出版の運びとなったら、別途何らかの手段でお知らせしたい。印税は、部会メンバーの忘年会費用に当てようか、と目論んでいる。