3月22日(木)、中央大学理工学部においてシンポジウム「未然防止−その技術と管理−」−私たちは一連の事故から何を学ぶか−が、別表のような講演者と演題で開催された.
このシンポジウムは、最近多発する安全を最重視する分野の事故をテーマに、本学会の使命である「品質及び品質管理の学理及び技術の進歩発展を図り、学術、産業の発展に寄与する」を果たそうと理事会提案のかたちで企画されたものである.
当日の参加者は約360名で、最近にない盛況であった.
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講演題目 |
講演者 |
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基調講演 |
安全学の構築に向けて |
久米 均 氏 |
中央大学 教授 |
講 演1: |
土木構築物の未然防止の技術と管理 |
岡村 甫 氏 |
土木学会長、
高知工科大学副学長 |
講 演2: |
医療過誤の未然防止の技術と管理 |
児玉 安司 氏 |
弁護士、医師
三宅坂総合法律事務所 |
講 演3: |
機械事故の未然防止の技術と管理 |
向殿 政男 氏 |
明治大学 教授 |
講 演4: |
ヒューマンエラーの管理技術 |
中條 武志 氏 |
中央大学 教授 |
- パネルディスカッション:
- 狩野 紀昭 東京理科大学 教授(リーダー)、
飯塚悦功東京大学 教授
鈴木 和幸 電気通信大学助 教授
講演者
基調講演で、久米氏は、日本学術会議における「安全に関する緊急特別委員会」委員長として取りまとめた報告書に基づいて、最近の事故の様相を分析した後、安全学の観点から取り組むべき課題について考察を加え、「絶対安全」という認識から「リスク(損害×発生確率)を基準とする安全評価」への意識改革の必要性があることを強調した.
そのためには、単にハードウェアの安全技術のみに止まらず、ソフト的視点を加え、かつ人の倫理に及ぶことを前提に、人間の行動学を含めた総合的な取り組みを行って「安全学」の確立を行う必要があるとの見解を示した.
講演1で岡村氏は、最近の新幹線のトンネル内で発生したコンクリート崩落事故は、高度経済成長期における質より量優先の考え方と、経験を積んだ技能者不足に加えて、施工(品質)管理と検査が、発注側の監理体制で行われていたために、検査システムが十分に機能しなかったことに起因するとの見解を示した.
その上で、その後のコンクリート技術の発展、とくに高強度で流動性の高い高品質コンクリート技術の開発に触れると共に、土木工事における施工(受注側)と検査(発注側)の独立制を基盤とした品質管理と検査システムを体系化して、品質不良の防止に努めているとの説明があった.
講演2は弁護士であり医師の資格を持つ児玉氏によって行われた. 医療訴訟の新受件数は、1970年当時に比較して1998年単年度で6倍にも増加している事実を明らかにした後、その増加要因は、患者の権利意識とそれに伴う医療情報へのアクセスの増加、及び医療機関の紛争防止抑制機能の低下、の3つに分けられるとの分析を示した.
その上で、医療行為には常にリスクが伴うこと(To err is human)を医療関係者が認識して、現今の最良の証拠を、一貫性を持って、明示して、妥当な臨床判断を行う必要があることを強調した.
この考え方は、EBM(Evidence-Based Medicine)と呼ばれ、医療の質改善や患者の満足を高める活動への取り組みを本格的化する必要があることを強調した.
さらに、事故防止・紛争防止のためには、診療科と職種に分断された医療組織のあり方を見直して、職能(縦)組織に加えて機能別(横)組織を構築し、組織全体の情報を共有化できるようになることが必要であり、これによってリスク・マネジメントが強化・推進されるとした.
講演3の向殿氏からは、現在、国際標準化の審議過程にあるISO12100/CD「機械類の安全性−基本概念、設計のための一般原則−」の内容について紹介があった.
その中で、安全規格の階層化構成を示し、この規格が、その最上位に位置づけられている. 安全の定義(ISO/IEC Guide
51)は「リスクが許容可能な範囲内に押さえられていること」とし、危険源の同定とリスクの見積・評価、低減目標の設定と低減策の設計、低減策の実施、目標との照合、方策の見直しを繰り返し行って、リスクが許容可能な範囲内に押さえられるまでPDCAサイクルを回すことが基本的な考え方である.
その上で、「絶対安全」の神話から「機械は壊れるものであり、人間は間違うものである」ことを前提とした安全思想の考え方の必要性を強調した.
この規格原案は、ある意味で、環境マネジメントシステムや2000年改正途上にある品質マネジメントシステムと共通した概念であるともいえるものである.
講演4の中條氏は、多くのヒューマンエラーに対する対策は、個々のエラーに対する個別対策に留まっていて、それらを生み出した作業管理システムの欠陥を取り除くまでに至っていないとの認識から、多数の事例分析に基づいた作業管理システムの欠陥を把握する方法と対処の仕方についての基本的考え方を紹介した.
この講演でも、人間である以上エラーを起こすことはさけられないとの認識に立って、エラーが重大事故につながらないように組織として絶えず、発生するエラーに関する情報を継続的に収集し、状況に応じた的確な対応が取れる仕組を確立していくことが、事故の未然防止につながる重要なポイントの一つであると強調していた.
パネルディスカッションは、本学会副会長である狩野氏をリーダーにして行われ、フロアからの質問も多数にのぼり、パネルとの活発な質疑応答がなされた.
閉会の挨拶で、前田学会長は、このシンポジウムが安全問題へ貢献するであろうとの期待と熱心な討論に対する謝辞が述べられて、会は成功裡に終了した.
なお、このシンポジウムの様子が4月12日付日刊工業紙に一面記事と掲載されたほか、「品質」の第30巻3号に特集として掲載予定である.
今般、日本中で話題になっているものに、警察の一連の不祥事がある. わずか半年程度の間に、神奈川・新潟・埼玉・愛知と4つの県警が新聞の1面をにぎわせる有様である.
去る4月11日の朝日新聞夕刊に、直木賞作家の高村薫氏は、『警察のツリー状の組織が硬直化し、国民の税金でまかなわれている公僕としての役割を忘れ、己の目的のため、警察の自己保全のために働く組織になってしまっている』と.
つまりTQMのいう「顧客満足」の意識が欠落しているのである. そして各警察署は、記者会見で陳謝を繰り返すばかりで、硬直した組織を見直そうとする「改善」の動きは見られない.
少し話は古いが、97年98年の山一證券と日本長期信用銀行の相次ぐ破綻は、日本の経営そのものを考え直させる大事件であった.
山一は、顧客に一定の利益を保証する“にぎり”と呼ばれる違法行為で巨大な損失を出し、10年以上も簿外帳簿として隠しつづけ、バブル以降の長期不況に耐え切れず破綻した.
長銀は、巨額の不動産投資を行い、地上げに荷担して国民のひんしゅくを買い、挙句の果て焦げ付いた不良債権に融資を繰り返し、表面化することをひたすら隠し続け、最後は不良債権に融資する資金が底をつき破綻した.
つまり山一も長銀も、企業の目的が国民のために役に立つという「顧客満足」であることを忘れ、景気はいずれ良くなると楽観的に問題先延ばしを図り、企業の「改革・改善活動」を忘れてしまったことに崩壊の原因がある.
「QC的な仕事の仕方」とは、第一に「顧客満足」を目的に据え、何のために自分は仕事をするのかを明らかにする. そして第二に「継続的な改善」として、特性要因図などを使って事実を的確に据え、PDPC法などのQC手法により問題解決のためのシナリオを作り、実行し結果を見て、必要があれば再びアクションをする「仕事の仕方」である.
我々は過去数十年にわたり、製造業を中心に「QC的な仕事の仕方」の普及を図り、成果を上げてきた. 今後は警察や官公庁、そして金融・サービスなどを含め、我々が今まで取り組まなかった分野にも普及を図り、日本の更には世界の経済発展と国民の生活の向上に尽くす必要があるのではないか.