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JSQC評論


東京大学・飯塚悦功(JSQC元会長,2003.11〜2005.11)

(註)本コーナーは、個人の意見・見解を伝えるものであり、当学会としての見解を示すものではありません


 

【ウォール・ストリート・ジャーナル東京支局の質問】

1.先日,トヨタ自動車が北米で大規模のリコールを発表したことを受け,日本の製造業の品質管理の問題について,ここ5年から10年ぐらいの日本の品質管理の状況についてコメントをいただければ幸いです.
2.日本の品質管理の質は落ちてきているのでしょうか.そうだとすれば,その背景は何でしょうか.(昨日メールでいただいた内容と重複しますが,さらに詳しくお伺いできればと存じます.)
3.品質管理と国際競争力,価格競争力維持を両立する鍵は何でしょうか.例えば,トヨタのリコールでは,価格競争力維持のためのグローバル大量生産により,一つの品質不良が大きな問題になっていますが,これについてどうお考えですか.

【飯塚氏回答概要】

 実は,2000年のころにも,JCO臨界事故,山陽新幹線トンネルコンクリート落下事故,連続する医療事故を受けて,日経の英文誌から「品質大国日本はどこにいったのか」と,同様の取材を受けました.そのときは「世界に冠たる品質大国日本と言うけれど,日本が世界一流だったのは,約500兆円のGDPの1/4程度を占める工業のうちの1/5程度,結局GDPの高々5%程度の領域で,事故が起きているのは世界一流と評価された分野ではない」とはぐらかそうとしました.しかし,取材の記者は「日本のものづくり能力はまだ健全か?」と追及の手を緩めません.正直者の私は「やはり落ちていると言わざるをえない」と答えました.それは,真理追求型ハングリー精神,愚直,極める心といった,現在も持ち続けるべき能力,精神構造,マインドの劣化です.これは個々にばらつきはあるものの,個人としても,組織としても,平均的には落ちてきていることを認めざるを得ないと思います.

 現在,私たちが問題視しなければいけないのは,たとえ品質意識の低下がなくても,時代の変化に応じて,品質概念,品質達成の方法論を変えなければいけないにもかかわらず,それが十分ではないことであろうと思います.各社がそれなりの取り組みをしていることは認めるべきですが,それが時代のニーズに適合しているかどうかは謙虚に検証する必要があると思います.ひとこと言えば「難しくなっている」のですが,そのことが認識され,品質技術の高度化として十分に対応できているかと言われれば首をひねらざるを得ません.
たとえば,成熟経済社会における顧客価値提供では,満たすべきニーズの多様化,高度化,複雑化に留意すべきであり,また多様な使用・環境条件に対する頑健性が保証されなければいけませんが,十分に対応できているとはいえないと思います.
技術について言えば,製品実現に必要な技術の細分化,高度化に十分に対応できているとはいえないこと,多様な技術の総合化技術,システム化技術の必要性に対応できていないことがあると思います.こうしたことから,いわゆる取りこぼしが生ずる可能性が高まります.
また,成熟経済社会における変化の速さに対応すること自体が難しくなっていることもあります.高度成長期に比べ,扱うべき技術の種類,広さ,深さが増していますが対応は十分とはいえません.速さに対応するためには,予測能力,評価・検証能力がますます重要になりますが,これもまだまだ十分とは言えません.
速さのため,コストのため,そして技術の高度化への対応のために,専門メーカ,関連企業からの調達の機会が増えます.ここで取りこぼしをしないような方法論が重要ですが,対応は十分とはいえないでしょう.SCM(サプライチェーンマネジメント),パートナーシップなどが,とくにグローバルな取引において重要ですが,これまた対応は十分とはいえません.
こうした経営環境の変化に応じて,品質管理の方法論の重心を移していかなければならないのですが,十分に対応できているとはいえません.これが,品質に真面目に取り組んでいるつもりではあっても,それが時代に相応しい品質経営になっていない現実ではないでしょうか.

 トヨタの最近のアクセルペダルの品質問題について,その原因が判明しているわけではありませんので,このリコールの背景要因を現時点で論評することは時期尚早と思いますが,ここ10年ほどの各社の品質への取り組みからは,一般論として以上のようなことが指摘できるのではないかと思います.
品質に対する気持ちは,一般的には失われてはいないけれど,高度成長期に必要な品質技術と現代の成熟経済社会において必要なそれとは異なるが,時代のニーズに十分に対応できていない,心優しい言い方をすれば,以前に比べ格段に難しくなっているのに,それを十分に認識できていない,という現実があると思っています.

 品質管理と価格競争力維持の両立に関する疑問には誤解があると思います.品質とは,製品・サービスを通して提供した価値に対する顧客の評価ですから,品質管理は,まさに競争力強化のための総合的なマネジメントになります.顧客価値提供を基盤とする業績,顧客価値提供の再生産サイクルを回すための原資としての利益という,品質経営の基本に則った経営を貫徹すれば,この両者は矛盾するはずもありません.
今回のトヨタの大量のリコールを,価格競争力維持のためのグローバル大量生産によって一つの品質不良が大きな問題になったととらえ,その戦略が誤っていたのではないかとの指摘に対しては,賛成しかねます.まず,量産の自動車産業の事業収益性,すなわち利益の源泉,競争優位要因は,合理的コストと大量販売にあります.そのためには,商品企画力,製品設計力,生産技術力,生産力において優れていなければならず,これを実現するのは総合技術力ともいえる極めて参入障壁の高い能力です.部品の共通化を進め,同一設計で大量生産するというビジネスモデルを超える方法はちょっと考えつきません.品質という面では,大量生産は有利でもあります.様々な使用条件,環境条件で使いこなしますので,それだけ十分な品質確認がなされることになるからです.今回のようなリスクを減少させるためには,設計段階において十二分の品質確認をすること,そして少しでも想定外の事象が報告されたら,それがどのような問題であるか早期に見極め的確な対応を迅速に行う感受性,本質理解,情報共有が必要となります.

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--------The Japanese Society for Quality Control--